◆『石垣島のパインバブル』

1960年代、石垣島にはバス会社が6つあった。
正式に云えば… 大型バスを持っている会社である。

車の少ない当時、運転免許は、スゴイ技術を持っていることだった。
運送会社が… 三輪トラックで輸送していた時代で… 
製糖工場へのさとうきび搬入は、農家が馬車で運んでいた時代である。

その大型バスを持っている会社は… 
観光業は、山田バスを吸収合併した 『東バス』 だけで… 
残りは、パイン産業の 『5社』 である。

その5社は、西から… 現在の位置で示せば…
@『県営 真喜良第3団地』 と、
磯辺地区にある、 『JA集荷場』 の東の2箇所に…
 『琉球殖産(株)』 通称 『リュウショク』
A『ホテル日航八重山』  に…
 『沖縄缶詰(株)』 通称 『オキカン』 …
B石垣中学校の北の、産業道路の北 『桂雲堂』 の北一画に…
 『南琉産業(株)』 通称 『ナンリュー』
C字真栄里にある、 『県営 平真団地』 辺り一画に…
 『合資 山晃産業』 通称 『ヤマコー』
D宮良の 『赤馬の碑』 の北に…
 『宮原食品(株)』 通称 『ミヤハラ?』 があった。

この5社のパイン工場は、バスを2〜3台保有し…
女工達を送迎していた。

1967年、従兄弟が… 
夏休みに石垣島のパイン工場でアルバイトをした。
彼は、水泳の選手で大きかったので 
『中学生』 のクセに 『高校生』 と、偽ってのバイトだった。

その彼は、朝夕の送迎バスばかりを利用していたので…
石垣島はバスが多いなー』 と言った言葉が記憶に残っている。

怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 10:16 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『小字(こあざ)』  D

前回、『大川(フーガー)』 を書いたので、今回は 『登野城(トゥヌスク)』 を記述しよう。

『大字登野城』 の北限は、『嵩田(タキダ)』 で、その南の西から、『バラビ道(バラビィドー)』、『スーナ(シィーナ)』、その南の西から、『バンナ(バンナー)』、『山根(サンニ)』、その南の西から、『ナアヤマ(ナーヤマ)』、『北上原(ニシィウイバル)』、『ナケイ(ナケイ)』、その南に、『南上原(ハイウイバル)』、その南の西から、『阿武名(アブナー)』、『小波本(クバントゥ)』、『多原(タバル)』、その南の西から、『マチャフチャ(マチャフチャ)』、『大桝(ウフマシィ)』、『仲須目(ナカスメー)』 その南の西は、『村内(ムラウチィ)』、その北東には、『赤生(アコー)』、その南が、『仲道(ナカドー)』、その南西が、『天川(アーマー)』、その東の上が、『山原(ヤマバレー)』、その南が、『糸数(イトゥカズ)』となっている。

『大字登野城』 の北限の、『嵩田』 は、『名蔵』 に近いので、よく 『名蔵公民館』の管轄と間違えられるが… 立派な、『大字登野城』 の一画で、『嵩田公民館』 もある。

『大字の登野城』 の市街地は、 『産業道路』 より南で、西から 、『村中』、『赤生』、『仲道』、『天川』、『山原』、『糸数』 に含まれている。

ここで面白い事は、『天川御嶽(あまかわおたけ)』 のある、『天川』 と書いて、『アーマー』 と読むことである。
また、『東(アガリ)』 や、 『西(イリ)』 は、『太陽』 が東から上がり(アガリ)、西に入る(イル・イリ)のですぐ分かるが… 、『北(ニシィ)』 や、『南(ハイ・パイ)』 は、 ドウシテだろう?。

『ニライカナイ(理想郷)』 に、『南与那国(パイドゥナン)』 や、『南波照間(パイパティローマ)』 がある。
南国の石垣島にも、10月には新北風(ミーニシ)が舞う… 更なる 『南』 の宝島へ行く… 『ハイ(high)』 な、 『キーワード 』 の鍵が… この、新(ミー)北(ニシ)には隠されているカモ… 。

怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『小字(こあざ)』  C

前回、『石垣(イシャナギィラ)』 を書いたので、今回は 『大川(フーガー)』 を記述しよう。

『大字大川』 の北限は、『大川山(フーガワヤマ)』 で、その南に、『番名(バンナー)』、その南の西から、『ブンニ(ブンニ)』、『宇志原(ウーシバル)』、『中垣(ナカガキ)』、『嵩原(タキバル)』、その南の西から、『水名(ミジュンナ)』、『長間(ナーマ)』、その南の西から、『西真地(イーリィマージィ)』、『東真地(アーリィマージ)』、その南の西から、『西ノハカ(インヌハカ)』、『中ノハカ(ナカヌハカ)』、『東ノハカ(アーンヌハカ)』 となっている。

『大字大川』 の北限の、『大川山』 は、『バンナ岳』 の東半分の一帯で… 南の麓(ふもと)に 小字の、『番名(バンナー)』 がある。

『大字の大川』 の市街地は、 『産業道路』 より南で、西から 『西ノハカ(インヌハカ)』 か、『中ノハカ(ナカヌハカ)』、『東ノハカ(アーンヌハカ)』 に含まれている。

ここで面白い事は、『産業道路』 より南の市街地は、『大字石垣』 と同様に、『○○ハカ』 と、最後に 『ハカ』 が付いている。
また、『大字石垣』 は、その 『ハカ』 に漢字の、『若』 を当てているが… 『大字大川』 は、『片仮名』 のままである。

『ハカ』 と、『若』 の違いに、何か素敵な歴史ロマンがあるかも… 。

電話帳を紐解くと… 石垣島の 『姓・氏』 に、『大川』 や、『登野城』 が、極端に少ないのはドウシテだろう?

石垣島の、大きい川って… どの川?

怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『小字(こあざ)』  B

前回、『新川(アラカー)』 を書いたので、今回は 『石垣(イシャナギィラ)』 を記述しよう。

『大字石垣』 は、北限に、『平地原(ピィニズ)』、その南の西から、『外山田(フカヤマダ)』、『ツカラ岳(ツカラダキ)』、その南の西から、『平川俣(ピィサガーマタ)』、『山座利(ヤマザリ)』、その南の西から、『阿香花(アコーバナ)』、『西嵩原(イーリィタキバル)』、『中嵩原(ナカタキバル)』、『東嵩原(アーリタキバル)』、その南の西から『西長間原(イーリィナーマバル)』、『東長間原(アーリィナーマバル)』、 その南に、『真地原(マージバル)』、その南の西から、『金の手若(カニヌティーハカ)』、『平川下底原(ピィサダバル)』、『長田次良若(ナータジラバカ)』となっている。

『平地原』 は、『大字石垣』 の北限で、『名蔵の大橋・小橋』 がある一画から南の一帯である。
『外山田』 は、『前勢岳』 の東半分を含む一画で、『ツカラ岳』 は、『バンナ岳』 の西半分を含む一画である。
『阿香花』 は、『少年自然の家』 のある 『前勢岳』 の南麓(みなみふもと)の一画である。

『大字石垣』 で 『市街地』と呼ばれている場所は、 『産業道路』 より南の一角で、『金の手若(カニヌティーハカ)』、 『平川下底原(ピィサダバル)』 、『長田次良若(ナータジラバカ)』 に含まれている。
残念だが、オイラの訊く範囲では… 祖母の時代は、『小字』 で場所が分かったが… 
現在では、50〜60代の人でも、自分の住んでいる住所の 『小字』 を知る人は少ない。

カッコ書きで書いた、呼び名には… 小文字が入っている。 ソレが発音できるようにナルト 『島人(スマピトゥ)』 にナレルよ。 チャレンジしては

                      怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『小字(こあざ)』  A

石垣島の 『小字(こあざ)』 @ で…
『バンナ岳』 の東に、『前勢岳(マエセダケ)』 と云う山があるが… と書いたが…
『東』 と書いたのは誤りで…、 実は 『バンナ岳』 の 『西』 に、『前勢岳』 はある。

前回、『大字』 を書いた順で、この、『前勢岳』 のある 『新川(アラカー)』 から記述しよう

『大字新川』 は、北限に、『湧川原(バギナー)』、その南の西から、『皆野宿(ミナノスク)』、『冨和底(フワスク)』、『野呂水(ヌルミズィ)』、『大座原(ウーザバル)』、『安嵩原(ヤシィタカバル)』、その南の西から、『冨崎(フサギィ)』、『奈良佐(ナラー)』、『白若原(シラバカバル)』、『多原(タバル)』、その南の西から『大道(フードー)』、『竿若(ソーバカ)』、その南に、『舟蔵(フナグラ)』、その南の西から、『真喜良(マキラ)』、『平田原(ピィサダバル)』、『川花(カーバナ)』、その南の西から、『作原(サクバル)』、『竹西(タキィニシィ)』、『明用登(ミユトゥ)』、南に『慶田盛(キダムリィ)』となっている。

『湧川原』 は、伝統手織工芸館の、『みね屋』 がある一画(いっかく)である。
聞き覚えのある… 『小字(こあざ)』 には、『冨崎』 があるが、それは、ホテル 『フサキリゾートヴィレッジ』 や、『冨崎観音堂』 のある一画。
『舟蔵』 は、八重山の郷土料理店 『舟蔵の里』 のある一画。
『真喜良』 は、『真喜良小学校』や、『真喜良団地』の一画である。

よく誤解されるが… 通称、『ヤキナー』 は、『小字』 じゃなく、『真喜良地区』 一画で、 沖縄本島の中部にある、 『屋慶名(やけな)』 からの移住が多かったからラシイ。
                      怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『小字(こあざ)』 @

石垣島の市街地の北方にそびえる標高230mのバンナ岳に 『バンナ公園』 がある。
アノ幻の花 『セイシカ』 の花が咲いている所である。

ガキの頃 『バンナー』 と呼んでいた場所は何処の大字だろうか? と調べてみた。
面白い事にアノ 『バンナ岳』 は、西側の 『石垣』 と、東側の 『大川』 に別れていた。
正確に言えば… 『石垣』 の 『小字(こあざ)』 は、 『ツカラ岳(ダキ)』 と表示されて、 『大川』 の 『小字』 の方は 『大川山(フーガーヤマ)』 と表示されていた。 つまり、バンナ岳は、西半分は 『ツカラ岳』 で、東半分は 『大川山(ウーガヤマ)』 である。

『バンナ岳』 の 南麓(みなみふもと)は、 西から 『石垣』 の 『山座利(ヤマザリ)』 と 『大川』 の 『番名(バンナ)』 と 『登野城』 の 『バンナ』 の 『小字』 に分かれている。
面白いのは、 『大川(フーガー)』 の 『小字』 が 『番名』 と 『漢字』 で表示され… 『登野城(トゥヌスク)』 の 『小字』 は片仮名の 『バンナ』 である。

『バンナ岳』 の東に、『前勢岳(マエセダケ)』 と云う山があるが… コレは、『大字』 は、 『新川』 と 『石垣』 東西に別れていた。
東側は、 『石垣』 の 『小字』 の、 『外山田(フカヤマダ)』 の南半分で… 西側は、 『新川』 の 『小字』 の、南に 『安嵩原(ヤスタケバル)』 と 北に 『湧川原(ワクガワバル)』 に分かれ、 『安嵩原』は 『少年自然の家』 が在る所と言えば分かりやすいだろう。

最近、『名蔵ダムまつり』 として、カヌーや遊覧船で 『新聞紙上』 をにぎわした、アノ 『名蔵ダム』 は、実は西側が、 『登野城』 の 『嵩田(タキダ)』 で、東側が 『平得(ピィサイ)』 の 『大俣(フーマタ」)』 にまたがっている。
よく 『嵩田公民館』 は、 『大字』 が、隣の 『名蔵(ノーラ)』 と勘違いされるが… 実は 『登野城』 である。

『バンナ公園』 の 『セイシカの橋』 の下にある 『石垣ダム』 も、実は…  『登野城』 の 『小字』 の 『バラビ道(バラビィドー)』 に属する。

                 怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 04:47 | 石垣島の文化

◆『門中(ムンチュー)』 の名乗り頭(続)

前回に、『門中(ムンチュウ)』 名乗り頭を次の通り書いたが…

石垣島に多い 『石垣』 『宮良』 『大浜』 『新城』 等々の 『名乗り頭(なのりがしら)』 を調べてみた。
山陽姓(サンヨー氏)は、 『長』 。 上官姓(ジョウカン氏)は、 『信』 。 
長栄姓(チョーエイ氏)は、 『信』 。 錦芳姓(キンポー氏)は、 『用』 。 
梅公姓(バイコー氏)は、 『孫』 。 嘉善姓(カゼン氏)は、 『善』 。
松茂姓(ショーモー?氏)は、 『當』 …等々が最初に付く。
電話帳を見ると… 『安』・『正』・『永』・『朝』・『師』 等々…があるが分からない。
それは、大使姓 『?』 。 益茂姓 『?』 。 載長姓 『?』 。 憲章姓 『?』 のどれ?

石垣市立図書館にて 『八重山家譜所収文書』 という冊子から下記の事が分かったので書き留める。

嘉善姓(カゼン氏)は、 『善』 じゃなく 『永』 であったので訂正する。
順天姓(ジュンテン?氏)は、 『直』 。 毛裔姓(モウエイ?氏)は、 『安』 。
蔡林氏(サイリン?姓)は、 『全』 。 憲章姓(ケンショー?氏)は、 『英』 として残っていた。
※振り仮名は、音読みで書いたが疑問なので 『?』 を入れた。
また、蔡林氏だけ 『氏』 と記帳されていたのが気になる。

前回に最後に書いたが…
サテ、気になるが 『氏名(しめい)』 と 『姓名(せいめい)』 はどう違うのだろう?
辞書によれば…
『氏名』 は、 『姓』 と 『名』の 『総称』 とあり。
『姓名』 は、 『家名』 と 『個人名』 とあり、『○○判断』 の判断材料に使われる?
また、 『姓氏(せいし)』 で云えば…
『姓(かばね)』 は、『家柄の別』 で… 『氏(うじ)』 は、 『家筋の名』 とあった。

女性に名前を尋ねると、『名』 の方を答えるが… 男性に名前を尋ねると 『姓・氏』 で答える。
「どう思う? 」 と “ラッキーガール” に尋(たず)ねたら…
私は、 『姓・名』 で名乗ると言って… それは、『源氏名(げんじな)よ』と、
私の女性観の狭さを指摘された。
オイラは、 『平家名(平気な)』 ハンドル(ネーム)を探そう?…
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の 『大字(おおあざ)』

石垣島には、大字が幾つあるのだろう?
俗に住所を書くとき… 石垣市の後に付く 『石垣』 『新川』 『大川』 『登野城』 等々である。

石垣市役所総務部管財課』 の資料図を基(もと)に書いてみた。
石垣島の南の西より…
@新川(アラカー) A石垣(イシャナギィラ) B大川(フーガー) C登野城(トゥヌスク)
D平得(ピィサィ) E真栄里(メーザトゥ) F大浜(ホーマ) G宮良(メーラ) 
H白保(スサブ) I盛山(ムレーマ) 
北に上がって…
J名蔵(ノーラ) K崎枝(サキダ) L川平(カビィラ) M桴海(フカイ) N桃里(トーザトゥ) 
O野底(ヌスク) P伊原間(イバローマ) Q平久保(ペーブク)があった。

その後に、島の南側を埋め立てでできた。
R美崎町(みさきちょう) S新栄町(しんえいちょう) 21.浜崎町(はまさきちょう)
22.八島町(やしまちょう) と続き合計で22の大字がある。
※真栄里(マイザトゥ)、白保(シィサブ)とあったが、祖母から聞いた言葉に直した。
その地図の上には、アノ尖閣(せんかく)諸島が、登野城(トゥヌスク)として掲載されている。

ここで、地元でも聞きなれない 『大字』 があるが…、それは 『小字(こあざ)』 が有名だからである。

島唄で名高い 『桃里節(トウザトブシ)』 の桃里(トーザトゥ)は、伊野田の一帯で、北から…、
@伊野田(ィノーダ)A恩田(ウンダ)B桃里(トーザトゥ)C真武名(マンナ)の小字の集落。

また、白保の真ん中にある 『盛山(ムレーマ)』 は、牧場地帯の名残か、北の西から…
@西牛種(イリィウシタニ)A東牛種(アーリィウシタニ)B外ウロンC北ウロンD南ウロンF盛山(ムレーマ)G牧那真(マキナマ)がある。

島の北にある桴海(フカイ)は、
@大田(フーダ)A桴海(フカイ)BウスナカCヨ子ス(ヨネス)の集落で、大田公民館の方と言えば分かりやすい。

どうしてこんな疑問を持ったかというと…
例えば 『伊野田』 に郵便物を送るとき 『石垣市字伊野田○○番地』 と書いて
石垣市字桃里○○番地』 と言うように4箇字のように 『大字』 じゃなく 『小字』 を使用するからである。

見過ごしてきたが、 『4箇字』 にも『小字』 があり、因(ちな)みに、オイラの住んでいる 『カニヌティー』 の 『小字』 は 『金之手若(カニヌティーハカ)』 と謄本に載っている。

祖母達が場所を示すとき『ナーマ』 『ヤマザリ』と言っていたのが…
実は『小字』の 『長間』 『山座利』 と気付いたとき面白かった。

次は 『小字(こあざ)』 について書いてみよう。

                     怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 11:39 | 石垣島の文化

◆『門中(ムンチュー)』 の名乗り頭

沖縄には、門中(ムンチュー)というのがあり、門中墓(ムンチューバカ)というのもある。
それは、『血族集団』 で…、俗に言う我等親戚(ワッターシンカ)の事で…
清明祭(シーミー)や、十六日祭に、門中墓に集まる親戚として見受けられる。

普通、氏素性(うじすじょう)と云って、素性は氏名(しめい)の 『氏』 か… 
姓名の 『姓』 を見れば、親戚かどうかが分かるが…
沖縄の 『氏(うじ)・姓(せい)』 は…、
仕事で 『勤務(職頭)』 した時の 『地名』 や 『村名』 を名乗ったので…
いろんな 『血族』 の、 『地名』 や 『村名』 が 『重複』 しているのらしい…
例えば、同じ 『石垣』 の姓(氏)でも…、
名の方に…『長』 『當』 『正』 『信』 『用』 が最初に付くと、違う門中である。

そこで、石垣島に多い 『石垣』 『宮良』 『大浜』 『新城』 等々の 『名乗り頭(なのりがしら)』 を調べてみた。
山陽姓(サンヨー氏)は、 『長』 。 上官姓(ジョウカン氏)は、 『信』 。 
長栄姓(チョーエイ氏)は、 『信』 。 錦芳姓(キンポー氏)は、 『用』 。 
梅公姓(バイコー氏)は、 『孫』 。 嘉善姓(カゼン氏)は、 『善』 。
松茂姓(ショーモー?氏)は、 『當』 …等々が最初に付く。
電話帳を見ると… 『安』・『正』・『永』・『朝』・『師』 等々…があるが分からない。
それは、大使姓 『?』 。 益茂姓 『?』 。 載長姓 『?』 。 憲章姓 『?』 のどれ?

沖縄の 『血』 は、上辺の 『姓(せい)・氏(うじ)』 じゃなく…
名の最初に 『名乗り頭』 として 『血族』 の 『符号』 として残っていた。

そう云えば、ソフトバンクの王監督は、『娘』 に 結婚して 『姓・氏』 がかわっても…
『王家』 の 一門として? 『王偏(オウヘン)』 を名乗り頭?として…
『玲子?』 とか 『理美?』 を子供に託しているらしいのを、娘がTVで話していた。

隣の 『宮古島』 には、 『恵』 や 『盛』 の 『名乗り頭』 が大変多いように思えるが…
調べてみたら面白いと思う… ソレは次の課題だ。

サテ、気になるが 『氏名(しめい)』 と 『姓名(せいめい)』 はどう違うのだろう?

                    怪盗ブリックス
posted by 南来成作。。 at 12:24 | 石垣島の文化

◆石垣島の挨拶『クヨーナーラ』

石垣島での “挨拶 (お早うございます ・ 今日は ・ 今晩は) ” は…
八重山方言)では、 『クヨーナーラ』 の一言で、 『朝』 『昼』 『晩』 通用する。

県外(内地・本土)から、石垣島に来た人によく訪ねられるのが 『挨拶』 の使い方である。
『朝の “お早うございます” は、方言でどう言うのですか? 』  …『“クヨーナーラ”です。』
『昼の “今日は” は、……方言でどう言うのですか? 』    ………『“クヨーナーラ”です。』
『夜の “今晩は” は、………方言でどう言うのですか? 』   ……『“クヨーナーラ”です。』
…『では、石垣島では… 朝・昼・晩の “挨拶” は、分けて無いのですね?』
『“イイエ”まとめてあります。』  ………『????』

最近… “県外” から石垣島に来る人には “田舎者(地方出身?)” が多すぎるように思う。
“田舎” の “反意語” に “都会” があるが… “田舎” と “都会” はどう違うのだろう? 
“田舎” とは、… 吉幾三の唄った “俺は田舎のプレスリー” の “田舎と云うフレーズ”…
極端に言えば… “車が無い” “電気が無い” “…が無い” 等々と “無い所” である。
そんな“田舎者”達は、手っ取り早い方法ので、石垣島の上辺ばかりの観光に来て…
『マックが無い』  『スタバが無い』 『7イレブンが無い』 云々…
そんな事をわめき散らして “ファーストフード” や “コンビニ” の有名店?が無いので…
『オラの“田舎”の方が“都会”ダッペ』 との“ニュアンス”で… “勝った・負けた” と…
“ファースト(速さ・早さ)” ノミの世界の展開をする。
今や、 “スローフードやロハス” の時代なのに…

結論は、“無いのではなく、要らナイ(必要ない)!” のである。
旅(観光じゃない)は、どれだけ自分(我)を捨てられるかで…悟りの境地には入れるらしい…

挨拶といえば、大阪に『儲かりマッカ?』 ハワイに 『アロハ』 ……等々
一言でまとまった挨拶がある。 
そして、石垣島には 『クヨーナーラ』 音で表せば 『クヨ〜ナ〜ラ』 があります。
“挨拶” “返事” “片付け(掃除)” が礼儀の基礎らしい… 礼儀、正しくしています?
posted by 南来成作。。 at 10:52 | 石垣島の文化

◆石垣島のビッチンヤマについて

『ビッチンヤマ(美鎮御嶽)』の伝説

石垣市22番地の一画に 『ビッチンヤマ』 と云う拝所がある。
池上永一著 『カジマヤー(風車)』 にビッチンヤマについて書かれていたので記述する。

今から二百二十六年前のことだ。
石垣村の役人の目差家(メザシケ)の祖先がオーセーと言われる番所に勤務していたとき、
隣の娘が番所に駆け込んで来た。
彼女は税として納めるグイフを織る娘で、海に漂白している布の様子を見に行ったところ…
海上に七つの石が浮いているのを発見した。
役人が前の海にいってみると、娘が言うように石が漂っているではないか。
これは神の宿る石と考えた役人と娘はその石を抱き上げて持ち帰った。
運んでいる途中、現在の『ビッチンヤマ御嶽』の前にくると、突然石が重くなって持ち上げる事ができなくなった。
ここがきっと神の鎮まる聖地であるに違いないと判断した二人は囲いを設けて祈り、
ここを美鎮御嶽(ビッチンヤマ)と名づける事にしたという。
ビッチンヤマ御嶽の誕生である。 …との秘話ラシイ。

この七つの石には、波の音が聞こえてくるらしい。
『海神祭(ハーリー)』の時期、白い服を着た叔母さんが祈っていたのを見た記憶がある。
posted by 南来成作。。 at 22:01 | 石垣島の文化

◆石垣島の裏町

『十八番街(ジュウハチバンガイ)通り』

今でこそ、美崎町が飲み屋の繁華街であるが…
1960年代頃の飲み屋の繁華街は、『十八番街』だった。
『ジュウハチバンガイ』 とは、石垣18番地を中心とした一画で…
今の市役所の2本北の東西に伸びた通りである。
現市役所は当時の海で…、現市役所通りの北端が護岸で…、
現在の歩道が当時の道で、道幅は当時と同じような気がする。

自分の記憶を辿ってみると… ちょうど学習塾で 『高木塾』 と云うのがあって…
勉強嫌いな自分は、その塾で勉強していた。
時間は午後5時〜7時頃だったと思う… 春から夏の午後7時頃は、明るいが… 
秋から冬ともなると… 辺りが暗くなる。
その秋から冬にかけての帰り道… 
その通りでは、料亭(サカナヤー 肴屋?)と呼ばれている処から…
三味線や太鼓の伴奏による、歌声が流れてきていた。
『軍歌』 『歌謡曲』 『民謡』 『童謡』が、酔いに任せた替歌の『春歌』が主流だった気がする。
『クリスマス』ともなると、俄かクリスチャンのおっさん達が三角帽をかぶり…
片手に『プレゼント』を持ち、赤ら顔でフラフラ歩いていたリ、道端で寝転がっていた。
その頃 見たり聞いたリした笑い声が… 僕を早く大人になりたいと思わせた。

当時の看板で覚えているのは料亭で『御園(みその)』・『角海老(カドエビ)』 等々…
割烹で、東京の老舗から暖簾分けしたとの噂の 『やっこ』 『金田中』 等々があった。
地下に続く、お店で石膏美人が飾られた 『メトロ』 と云うのもあった。

しかし当時から始まっていた、現美崎町の埋め立て工事が終った1970年頃から…
商業地として計画されてた、美崎町に 『パーラー』 『コンパ』 『スナック』 が増え…
護岸通りにあった 『カフェー』 『バー』という 『酒場』 の客と店は其処へ流れ廃れた。
それと対抗して 『十八番街』 は、時代に負けじと 『スナック』  『バー』 と衣替えしたが…
新しいもの欲しがるホステス達は… 美崎町へと流れていった。

1980年代… 大人になって帰ってきた自分は… 『十八番街』 に連れて行って貰った。
午前0時に美崎町で飲み終えて、そこのホステスに誘われ行った先が 『十八番街』 である。
『十八番街』は、美崎町の美人ホステスのアルバイト先で…午前3時まで開いているとの事。
1980年代以降 『十八番街』 は、『午前0時から午前5時』 頃の街で…
オイラも、1990年代までに2〜3回太陽の眩しさを感じた事がある。
ほとんどの店が2重扉で、明かりが漏れないので… 逆に太陽の明るさも入らない。
不思議な空間を保ち出す 『マジムン(憑き物)』 のすむ街であった。
若い子もいたが… 定年過ぎの60年代のやり手婆達もいた。
酒と時間で『錯乱』したら… 誰が若いか?年寄りか?もうチャンプルー状態だった。

もう十何年も行ってないが…今どうだろうか?  『マジムン』 に逢いたい気もするが…
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆八重山石垣島の行事日程表

八重山の伝統行事日程を表す

八重山の伝統行事は旧暦で執り行われます。
表示順序は旧暦日、(名称)、場所、内容である。
1月、(正月願い)、各地、各地御嶽で一年間の島の平和をきがんする。
1月、(生年祝)、各地、生まれた干支が巡ってくる13年毎に祝する。
1月、(トゥシビー)、各地、新年最初の生まれ年の干支の日。13歳のトゥシビーが生年祝。97歳のトゥシビーがカジマヤー。
1月1日(、旧正の大綱引き)、黒島、五穀豊穣などを祈り、大綱引きを行う。
1月4日、(火の神迎え)、各地、火の神に一年の無病息災と幸福を祈る。
1月16日、(十六日祭)、各地、先祖をしのぶ行事で一族同門が其の墓に集い、ご馳走を持ち寄り1日を過ごす。
2月、(二月タカピ)、各地、農作物の無事成長を祈願する。
2月、(二月彼岸)、各地、仏壇にて先祖供養
2月、(牛馬初願)、各地、畜産物の繁昌を祈願する。
2月〜5月、(ムヌン)、各地、ムヌンとは勿忌のことで、謹慎の意、田植え後の稲の無事生長を願う。
3月3日、(サニズ(浜下り))、各地、特に女性が海へ行き祈願し遊ぶ。
3月3日、(アカハチ慰霊祭)、石垣島大濱、オヤケアカハチの慰霊祭。
3月上旬、(カドモノ忌祭)、与那国島、田園の整備、播種、稲作の種苗の育成祈願。
3月、(清明(シーミー))、門中墓を持つ一門、一門の門中墓で先祖の供養をする。
4月1日、(衣替願)、与那国島、十山御嶽で夏を無事すごせるように祈願する。
5月4日、(ハーリー(海人祭))、石垣島4ケ字・白保・小浜島細崎・西表白浜・与那国島久部良、漁業関係者が海上平穏、豊漁を祈願する。ハーリー船によるレース。
5月、(海止め・山止め)、各地、海山に行かず静粛を守り、作物の生長を願う。
6月、(世ヌ首尾)、各地、収穫が出来るまで稲がに成長したのを神に感謝する、感謝祭。
6月、(プーリィ(豊年祭))、各地、各地御嶽で豊年を祈願する。旗頭奉納舞踊、綱引きなど各地域ごとに特色がある。
7月7日、(七日ソーロン(七日祭))、石垣島久宇良など、霊前に料理を供え七夕供養。
7月13日、(ソーロン(迎え))、各地、各家にあの世から先祖が戻ってくる。
7月14日、(ソーロン(中日))、各地、ソーロンの間、各地でアンガマ踊りや獅子舞などを行う。
7月14日、(ムシャーマ)、波照間島、ミルク(弥勒)登場・フサムラー(来訪神)の他、仮装行列や棒術など多彩なお祭り。
7月15日、(ソーロン(送り))、各地、先祖があの世に帰るのをお送りする。
旧盆中、(アンガマ)、各地、面をかぶったウシュマイ・ウミー(爺・婆)と仮装したファーマーたちが新築の家などを廻って歌や踊りを繰り広げる先祖供養。
旧盆中、(エイサー)、石垣島明石・双葉など、先祖を送るための盆踊り。
7月16日、(イタシキバラ(獅子祭))、各地、精霊送りの翌日、村のお祓いの為、獅子舞などを行う。
8月8日、(八月世迎い)、各地、この月に入るとこれから1年間の豊作、豊漁祈願をする。
8月上旬、(アラガトタガビ)、与那国島、大蛇道上の拝所で雨乞いを祈願する。
8月15日、(十五夜)、各地、赤豆餅などを供え、月に祈願する。
8月15日、(土地公祭)、石垣島名蔵、台湾出身者が豊年を祈願する。
8月、(桔願祭)、石垣島川平・黒島・鳩間島・小浜島など、祈願のまとめ。願いを結ぶ。
8月下旬、(屋手久祭)、与那国島、東崎で海上安全を祈願する。
8月〜9月、(牛馬願)、各地、牛馬の健康息災を願う。
9月、(節祭)、西表島祖納・干立・石垣島川平・波照間島・新城島・与那国島、神の国の正月行事、3日間に渡り無病息災、五穀豊穣などを祈願する。
9月9日、(芋祭り・菊祭り)、各地、芋を供え菊酒を飲み、感謝と豊作を祈願する。
9月〜10月、(種子取祭)、竹富島、五穀豊穣の願い。多彩な芸能が繰り広げられる。
10月10日、(金比羅祭)、与那国島久宇良、漁業関係者が海難排除、健康息災を祈願する。
10月、(十月タカピ)、各地、村の平安無事と、人々の健康息災を祈願する。
10月、(島フサラサー)、各地、疫病神が入らぬよう、注連縄を村の出入り口や御嶽の門前に張り付ける。魔除けの方策。
10月〜11月、(衣替祭)、与那国島、東久部良、我那覇家で冬を無事過ごせるよう祈願する。
10月、(マチリ(カンブナガ))、与那国島、クブラマチリにはじまり、ウラマチリ、ンディマチリ、ンマナガマチイ、ンダンマチリと続く一連の祭事25日間にわたるこの期間、祈願に参加する人々は一切肉を口にしない。
11月8日、(鞴祭り)各地、鍛冶を司る守護神を祭る。
12月8日、(ムーチー)、沖縄本島出身地区、餅を供えて子供の厄払いをする。
12月24日、(お願解き)、各地、火の神の祈願を解く日。

このように八重山の島々は昔から神々と深くかかわり生活してきた。
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の伝統文化を

『伝統文化』を『古典版(コテンパン)』にしないために

八重山には、『種取祭』 『ムシャーマー』 『アカマター』 『アンガマ』 等々の色んな伝統文化がある。
先日、知り合いの『喫茶居酒屋』 島の学者、芸能関係者、文筆家 等々が…
波照間島の『ムシャーマー』について、「伝統が廃れてしまった」と嘆いて激論を交していた。
それは、その行事で 『ワラジ』 じゃなく 『島ぞうり』を履いて… 『クバ』の団扇(ウチワ)じゃなく『JTA』の広告用の団扇をしていたとの事である。

そう云えば… 職場の女子職員が、大浜の『アンガマ』を観てビックリしたと云っていた。
まず、はじめに「アンガマターがオオータ(アンガマ達がいらっしゃった)」で入場してきて…
三味線や太鼓の地謡(ジカタ)が… 時々 『カセットデッキ』 に代わって…  
『演歌』 で 『日舞』 を舞っていたとの事である。 
また、帰る時も… 例のリズムに合わせて首を振り振り 「アンガマターはヤーカイヘ(アンガマ達は(次の?)お家へ)」と唄いながら移動したとの事である。
彼女は 『四ヶ字』 の生まれで、嫁さんの家元(ヤームト) 『大浜』 のアンガマは初めてで… 俗に言う 『カルチャーショック』 を受けたらしい…

そこで、彼女に聞いてみた… 「面白かったの?」と訊ねてみると… 
「皆がフレッシュ(新鮮)で面白かった!」と良いショック(刺激)を受けたみたいだった。

さて、『伝統文化』も各地域等々で色んな工夫が凝らされていると思った。
確かに伝統は大切である。しかし、固守して廃(すた)れてしまっては元も子もない。

9月23日の十三夜は、『トウバラーマ』である。
『サックス』や『エレクトーン』を伴奏に… 違うジャンルの部門を作っても良いのでは…
違う楽器で聴く『トウバラーマ』も甲(こう)とは云いがたいが… 乙(おつ)なものだった。
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島の悪霊払い

石垣島のイタシキバラ
 旧盆(ソーロン)送り日の翌日28日夕暮れ時から石垣市内の各地(大浜、宮良、白保、登野城など)でイタシキバラが繰り広げれれた。
 イアタラシキバラとはお盆のときあの世からご先祖様を呼び寄せる際、一緒についてくる邪気、悪霊、を払い地域の繁栄、無病息災を祈願する石垣島独特の伝統行事であり、沖縄地方独特の獅子舞やニンブジャー(念仏踊り)など地域により内容はそれぞれ特色がある。
 私の見物に行った大浜の崎原公園では大浜小児童たちの子供獅子舞、婦人会の踊り、ニンンブジャー(念仏踊)、大浜獅子・棒保存会による獅子舞が繰り広げられた。
獅子の霊力で悪霊を追い払う儀式が行われ2頭の獅子によるユーモラスな演技が会場いっぱいに演舞されると観衆の大きな拍手が起こった。
 ワン(私)についている邪気、悪霊もイタシキバラのおかげで追い払ってもらったような気がする。
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化

◆石垣島のお盆(旧盆)

石垣島のお盆(旧盆)に思う

 沖縄のお盆は旧暦の7月13、14、15日の3日間で、各地で祭
事、行事が行われる。
 石垣島の行事の特徴は浄土宗の念仏踊りが起源であるとされる家々
の仏壇前で踊られる伝統舞踊(アンガマ)である。
 あの世(グソー)から降りてきたらしいアンガマの面を被ったお爺
さん(ウシュマイ)お婆さん(ウミー)が子供、孫(ファーマー)を
ひきつれ珍問答、舞踊を繰り広げるのである。
其のさまは滑稽でもあり心温まる思いもある。また旧盆以外は歌っ
ても踊っても練習してもいけないという『無蔵念佛節』(ニンブジ
ャー)は心して聴かなければいけない。
 八重山毎日新聞に『無蔵念佛節』が掲載されていたので記録として
書いて見たい。

     『無蔵念佛節(ンゾーニンブチュブシ)』

 親のご恩は、深いもの 父御(ちちご)のご恩は、山より高く
 母御(ははご)のご恩は、海より深い
 山の高さは、測ることが出来る  海の深さも、測ることが出
 来る 昼間は、父親の膝(腿)の上で  扇で、扇(あお)い
 でもらい 夜寝るときは、母親の懐(ふところ)の胸で  幾
 重にも衣装を着せられて、成長した 濡れて(湿って)いる処
 には、母が寝て  乾いている処には、子を寝かせ 何処も濡
 れて(湿って)いるときは  母の、胸の上で寝かせてもらっ
 た これほど、親に大事に育てられ  歳は十歳、二十歳と重
 ねてきたのに 親のご恩の深さは、未だに分からない

この詩を旧盆(ソーロン)のとき… アンガマが始まる、焼香の後
スローバラードで… ウシュマイ(翁)と、ンミー(老婆)が踊る
が…こんなにも、深い意味があるとは知らなかった。
今年は、ジックリ聴いてみよう。
posted by 南来成作。。 at 00:00 | 石垣島の文化